history

浦田工芸株式会社、戦後の堺市南区でのガラスビーズの製造の足跡🐾

1983年設立。

はじまりは…祖父浦田寅造が戦後、戦地の満州から地元に帰り家族や農家の人々と農家をしながら堺市南区稲葉で和泉市のガラス産業と同じように模造真珠やガラス玉の製造を開始。のちの1983年に株式会社となりました。当時は各地に職人も多く主に海外へと輸出していました。私や姉も子供の頃に父や祖母と「MADE IN JAPAN」のラベルを貼ったり、箱詰めなどの手伝いをしていたことが記憶に残ります。

その後プラスチックの普及でガラス玉の需要は減りましたが、ガラス玉のならではの質感や色味は他にはない素材であり、現在も機械や手作業での製造が行われています。

Irisガラス工房は2020年オープン。

以前からガラス玉の制作体験を希望する声を聞いていたことや作ることを体験することでガラス玉の製造を身近に感じでもらえたいと堺市南区稲葉の同じ場所で始めました。

地場産業を身近に感じ、作る楽しみも知ってもらいたい思いで出張やイベント出店なども行なっています。


写真 昭和45年頃 当時のガラス玉の制作様子 (職人 浦田政廣)


浦田寅造。

大正3年五黄の寅年生まれ。


戦争時は満州に渡り福泉地区の理事とし、無事帰国。

日本へ帰る最初の船に乗る予定だったが、早く帰りたい仲間に譲りあとの船で帰国したが、帰国後先の船が爆撃にあったことを知る。

帰国後、仕事の合間に斜めカバンをかけ各地の兵士仲間や遺族のところへと所へよく足を運んでいた。

浦田工芸が会社となり、模造真珠から色ガラス機械製造など事業を広めていった。

晩年は、時代劇を見ながら缶のPEACEのタバコとホットコーヒーを楽しんでいる様子が思い浮かぶ。

写真 下中央 浦田寅造

浦田有里。

1980年生まれ。

大阪観光専門学校を卒業後、レストランウエディングの設営スタッフとして働く。そこで見かけた支度姿に憧れてブライダルのヘアメイクの仕事に転職、ホテル等のブライダルのヘアメイクとして働く。ヘアメイクの仕事をしながら家業のガラス玉加工や機械の手伝いを始め、2013年よりガラス玉を制作開始、職人となる。

2020年、Irisガラス工房をはじめる。

2024年、浦田工芸の代表取締役となる。

現在中学生の双子の母。趣味のウクレレサークルukulele HANAでウクレレを練習中。